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デジセン商事.com若手社員お悩み相談所第2回:「懲りること、それが責任を取ること」

若手社員お悩み相談所 第2回

懲りること、それが責任を取ること

懲りること、それが責任を取ること

 さて、先週に引き続き「責任を取る」という問題について、その第2回目「懲りること、それが責任を取ること」というお話をしましょう。

 先週、責任を取る形は辞職や減俸だけではない。起こしてしまった問題や失敗について、「あること」を感じて欲しいがための手段のひとつであるとお話ししましたね。

 う〜ん。よくわからないんですけど、懲りることが何で「責任を取ること」になるんですか?

 失敗したら、問題を起こしたら、皆さんはどんな気持ちになりますか? 恥ずかしいとか悔しいとかみじめだとか、後悔の気持ちになりますよね。

 理由は色々あるでしょうが、その中のひとつに、失敗したことに対して少なからず責任を感じていたから、という理由があるためだと思います。

 仕事に限定せず、誰にでも消えてしまいたくなるくらいの失敗や後悔をした経験があると思いますが、それを経験した人は二度と同じことをするまいと強く思うはずです。

 一言で言うと「懲りる」ということですね。経営者が感じて欲しいのはその「後悔の念」、「懲りる」思いなのです。

 そりゃまぁ、失敗すれば後悔もしますし、懲りもしますけど…。本当にそんなことで責任を取ったと言えるんですか?

 本当に懲りてるかどうかなんて本人以外にはわからないし、それこそちゃんと責任を取れているのかどうか曖昧ですよ。辞めるとか減俸っていう方がわかりやすくありません?

 社員とは時間をかけて教育するものです。

 時間をかけて経験を積ませ勉強をさせた社員に、進んで辞めて欲しいと思っている経営者はいませんよ。

 とにかく懲りて二度と同じ失敗をしないこと、その失敗を糧にして、必ず失敗を取り戻すような働きをしてくれること、我々が真に望んでいるのはそういうことです。

 そうなんだぁ…。上司や社長が望んでいるのは、後悔とか反省とか、私たち社員のもっと精神的な部分なんだねぇ…。

 ええ。そのためにも、社員一人ひとりに自分の責任についてしっかり自覚して欲しいと思うのです。

 しかし今、曖昧になっているのは、この一人ひとりの自覚ではないかと私は考えています。

 そして、その理由のひとつに「多数決による意思決定」が大きく影響しているような気がしてなりません。

 え? 多数決と責任を取ることと、一体どんなつながりがあるんですか?

 日常、物事を決めるのに多数決という手段を取ることが多いと思います。

 しかしこの多数決、みんなで決めたのだからみんなに責任がある、逆に言えば、みんなに責任があるから「誰か1人が悪いんじゃない」とみんなの責任感が希薄になるという危険性も孕んでいます。

 失敗しても誰を責めることもできないから「しょうがないよ」「誰が悪いんじゃない」と責任の所在を曖昧にしたまま終わらせてしまいがちなんですね。これでは、いくら失敗しても誰も真の意味で懲りてはくれません。

 そして真の意味で懲りることがなければ、失敗は何度だって繰り返すでしょう。

 そんなこと言っても、みんなに責任があるのに誰か1人を吊るし上げることなんてできませんよ〜…。

 今の時代、誰か1人を追及することは「いじめ」とも取られかねない風潮にあります。しかし責任を追及しないと、いつまでたっても同じ失敗を繰り返すでしょう。

「仕方ない」「誰が悪いんじゃない」と曖昧にして忘れることは簡単です。しかしそこでうやむやにせず、誰に一番責任があるのかを追求解明し、責任の重さに合わせてそれぞれが二度と同じことをしないよう真に懲りること、これが責任を取るということではないでしょうか。

 私はそう提案したいと思います。

 いわば、「精神的苦痛をもって、責任を取ることとする」…ってことですね。辞めるとか減俸とか、目に見えてわかりやすい形で罰を受けている人をそれ以上責めようという気にはならないもんなぁ。

 でも考えてみれば「お前のせいだ、どうしてくれるんだ」と周囲に責められる方が、肩身も狭くなるし精神的には苦しいかも…。それって、本人にとっては相当きっついお仕置きだよなぁ…。

 周囲に責められて精神的に苦しい思いをして、それでもそれを取り返そうとがむしゃらに仕事をする。これは相当パワーがいることです。もしかすると、減俸や降格よりもずっとずっと力がいることかもしれません。

 ですが私は、減俸だ降格だと形だけの制裁で終わらせるより、その方がずっと会社のためになると思うんですよね。

 もちろん、本人が失敗を取り返そうとがむしゃらにならなければ何の意味もありません。皆さんには、失敗に対して落ち込んで悔やんで、取り返そうとがむしゃらになって欲しいのです。それが責任感であり、失敗を取り返すことが「責任を取る」ことだと、私はそう思います。

 なるほどね〜。給料や立場を奪われる形になれば、罰を受けているんだからそれ以上は求めないでくれって言い訳もできるもんなぁ。けどそれじゃあ「目の前のことからただ逃げてるだけ」って気がする…。

 自分で取り返そう、自分でどうにかしようっていう自立心が足りない感じがするからかなぁ?

 そうですね。自分で考えて自分で責任を取ることはとても難しいことで、案外こういった心持ちで働き続けることができる人は少ないんです。

 しかし、経営者としてはそういう社員にこそ信頼を置けるもの。

 皆さんには是非自立した社員になって欲しいと思いますね。

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