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小言社長の今昔物語

第5回 〜インスタント・ラーメン〜

 今は昔、50年ぐらい前にさかのぼるのだろうか。日本で初めてインスタント・ラーメンなるものがお目見えした。ブタがキッチン帽子を被った絵柄が印象に残っています。エースコックでしたかね。

 丼に麺を置き、黙ってお湯を注ぎ、待つこと3分。この手順はカップ・ラーメンにもしっかり受け継がれているわけです。今のインスタント・ラーメンと違って、具はついていませんし、スープも別袋でついているのではなく、あくまで麺ひと玉だけなのです。この麺ひと玉がまるで魔法がかかったように狂おしい香りとともに美味しいラーメンに変身していくのです。特に子どもはこういうマジックに弱いのです。

 ラーメンと言えば、当時屋台ラーメン、チャルメラがありました。夜鳴き蕎麦とも言っていました。夕ご飯が済んだ深夜にチャルメラの物悲しい音色が響き渡るのです。あの音を聞くと何であんなに切なくなるのか、子ども心にも不思議に思いました。

 音色といえば、夕方自転車で売りに来る豆腐屋さんのラッパの音色も忘れられません。毎日自転車が走るルートも時間も寸分の狂いもなかったのではないかと思います。近所のガキが集まって遊んでいるのですが、豆腐屋さんのそのラッパの音色で、もうそろそろ家に帰らなくてはならない時間が来たことを知ります。その時間帯は薄暮というイメージがあります。遊びをやめて家に帰らなければならないという気持ちと、家に帰ってお母さんの優しい笑顔と美味しい夕飯が空腹を満たしてくれるという安心感が入り混じります。

『いしやきーいも、いも』『きんぎょえーきんぎょ』『げんまいぱんのあーつあつ』切ないラッパの音色ではありませんが、それぞれ屋台を引っ張って、それぞれ独特のイントネーションで語りかけるようにおじさんたちが繰り返すのでした。

 ラッパの音、おじさんたちの声、家の中でよく聞こえたのです。家のつくりが隙間だらけだからよく聞こえたのかもしれません。空調なんかないから、窓が開けっ放しだったかもしれません。外の音に耳をそばだてていたのかもしれません。

 夜勉強をしていると、少し開けてある窓の外から、短い悲鳴のような汽笛の音が聞こえました。どこの駅だろう?その方向が定まることなく悲鳴は鳴り止むのでした。この音を聞くと、小学生のくせにずいぶん長い人生を歩んできたような気持ちになります。この先自分はどういう人生を歩むことになるのだろう。そんな思いに漠然とした思いを巡らせるのでした。まだ東京で汽笛の音を聞くことができたのです。

 私の実家はたいして大きくない家々が片寄せあって立ち並ぶ住宅街でした。テレビの音、人の話し声、お茶碗を置く音、戸を開閉する音。近所のいろいろな生活音とともに暮らしていました。

 当時は音に対して鈍感だったのか敏感だったのか。今振り返ってみるとよく分かりません。私の子どもにしても、耳にアイポッドのイヤホーンをつけている姿を頻繁に目にします。町を歩いていても、同じ姿の若者がたくさん闊歩しています。自分の好きな音楽の世界に浸っているのですね。でも、自動車を運転する立場からするとそれが怖い。交差点でも、車の鳴らすホーンはおろか、信号さえも見えないかのごとく歩いている若者を見ると、思わず『危ない!』と声を掛けてしまいたくなります。

 音に敏感だから、嫌な音を遮断するのか。音に鈍感になっているから、音を遮断することが平気なのか。私にはよく分かりません。

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