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小言社長の今昔物語

第3回 〜いじめ(2)〜

 私の小学校時代は昭和30年代から40年代にかけてですが、昭和39年の東京オリンピックからの日本の戦後高度経済成長時代は圧巻でした。いけいけどんどん、好景気に乗っかって企業も業績を著しく伸長させるわけですから、物心ともに高揚した気分は今ではちょっと想像しがたいものだと思います。

 この高揚感は、このまま経済成長が続いたらどんなに将来幸せになれるのかという期待感がありました。未来に夢を持てたのですね。♪サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ♪なんて陽気に歌いながらみんなそれなりに希望を持って人生を楽しんでいました。この世の中全体の気分というものの影響力は、いじめに関しても影響力が大きかったのだと思います。

 私は子どもの頃から体が大きかったので、本人はふざけていたつもりでも、相手はいじめられていたと感じていたかもしれません。仮に私がいじめていたとしても、相手は無抵抗でいることはありませんでした。泣きながらでもがむしゃらに殴りかかる。一番怖かったのは、道に落っこちている石を手当たり次第にこちらに投げつけてくることでした。当時は道路もまだ舗装されていない道がたくさんありましたから、石なんかゴロゴロ転がっています。

 無抵抗でいじめられっぱなしという子は少なかったような気がします。体は小さくとも根性がありました。その点、私は体がでかかったのですが、根性はなかったですね。自分より体の大きい上級生に殴られた時は無抵抗だったり、家に帰って塀の外に向かって悔し紛れの悪口雑言を叫ぶのが関の山でしたから。

『デーブデーブ百貫デーブ、お前の母さんデーベソ』と言い合うのが男の子同士の喧嘩の恒例行事でした。当時の男の子にとって、自分の母親を侮辱されるというのは一番の屈辱と言ってもよかったのでしょう。体の大きい子小さい子、喧嘩の強い子弱い子、それぞれがそれなりの抵抗をして子どもの喧嘩をやっていたような気がします。

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