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小言社長の今昔物語

第2回 〜いじめ(1)〜

 今は昔、私の子ども時代の『いじめ』はどうだったのだろう。と思い返してみても、自分がいじめられたという記憶がさっとでてきません。

 たまたま私の体が大きかったから、いじめられたことがなかったのかなあ。それにしても、私の周囲で陰湿ないじめがあったという記憶がないのは、やはり今現代のようないじめ頻発現象は起きていなかったのだと思わざるを得ません。

 少年の凶悪犯罪は私の子どもの頃より明らかに減少しているのだそうです。マスコミのいじめ報道と同様、少年の凶悪犯罪の報道を見ている限りは、昔よりてっきり増えているのだと思っていました。自分が知らないことはその事実も存在しないということになってしまいますから、昔の方がいじめは少なかったのではないかという記憶も、ちょっと自信がありません。

 私の兄は昭和20年生まれです。太平洋戦争終戦の年です。兄の子ども時代は食うのに精一杯の時代ですから、みんな自分が食べることに関心が向いていたのだと思います。見たことがないものを語るには想像力を働かせるしか方法がないので、あたかも現場に居合わせたように語ります。衣食住足りて初めて他のことにも関心が向くというものですから、食うや食わずの時はいじめてる余裕もなかったのでしょう。

『着るものはボロボロ、お弁当を学校に持って来れなかった子どもは当時たくさんいたよ』私の母はそう言っていました。『お弁当を持って来れない』とは言えず『もう弁当は食べた』『お腹がすいていない』と言い訳していたそうです。そういう子どもたちのために、あらかじめドカ弁にして分け与えていた先生もいたそうです。

 誰のせいでもないけれど、ボロボロの服とお弁当も持って来れないということだけで十分いじめにあっているようなものですよね。

 私は昭和28年生まれです。『やっと少し余裕が出てきたからお前を産んだんだよ』と母は言っていました。私の小学校時代は給食でした。給食と言えば、みなさん若手社員の方はご存じないと思いますが、私たちの世代では悪名高い『脱脂粉乳』をまず思い出します。その不味さといったら、今でも思い出すと恐怖します。私の牛乳嫌いは脱脂粉乳のおかげだと、固く信じています。

 そう言えば、この不味い脱脂粉乳の量を少しでも減らそうと思って、給食の配膳係にいちゃもんつけた生徒が担任にぶっ飛ばされたことがありました。先生の暴力は鮮明に思い出されます。殴られた理由が今でも分からないケースもあります。今だったら、先生が生徒を殴ったら大問題ですよね。

 当時理由も分からず先生に殴られた時は『先生も何かむしゃくしゃすることがあったんだろうな』と考えて、自分自身の気持ちを納得させていました。しかし、これはどう考えても先生の生徒に対するいじめですよね。おおっぴらに殴ってしまうから陰湿というイメージはありませんが、あからさまな暴力ですから。

 私の小学校・中学校時代は先生に殴られるのは日常茶飯事でした。そもそも先生に殴られたことは、家に帰って親には話せません。どうせ、『お前は何悪いことしたんだ』と言われるに決まっていますからね。『何で殴られたか分からないんだよ』とでも言おうものなら、『嘘つくんじゃない!』でしょ。親から言われることはすぐ想像できますからね。

 理由もなく先生に張り飛ばされると、その理不尽さを思い知らされます。世の中にはそういうことがあるんだということを、自分の身体の痛みを通して体に染み込まされます。親に言うこともできず、先生に反抗することもできず。情けない思いをしたものです。

『子どもがキレた』という言い方を今よくしますが、この当時は先生が真っ先に明らかにキレていました。子どもがキレる前に先生がキレるわけですから、早い者勝ちみたいなものです。

(第3回に続く)

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